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岡山地方裁判所 昭和57年(ワ)23号 判決

原告

平松安子

被告

松酒泰三

主文

一  被告は、原告に対し、六九万一〇五〇円及び内金六〇万一〇五〇円に対する昭和五五年一月二一日から、内金九万円に対する昭和五七年一月一六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、三六四万七八四〇円及び内金三三四万七八四〇円に対する昭和五五年一月二一日から、内金三〇万円に対する昭和五七年一月十六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は次の事故によつて傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和五五年一月二一日午後三時四五分ころ

(二) 発生地 岡山市奥田一丁目八番一九号先交差点

(三) 車両

(1) 甲車 軽四輪乗用自動車

運転者 被告

(2) 乙車 自転車

運転者 原告

(四) 事故の態様 本件交差点内を進行中の乙車に交差道路から進入した甲車が衝突

(五) 原告の受傷 右膝部、腰部及び左胸部各打撲並びに挫傷等

2  被告の責任(自賠法三条)

被告は、甲車を所有し、運行の用に供していた。

3  損害

(一) 治療費 六七万四一六〇円

但し、内金四五万五一一二円は社会保険によつて補償

(二) 休業損害 二七六万三六八〇円

原告は本件事故当時、株式会社権太寿司の岡山市岡輝店の委託販売に従事し、事故直前の昭和五四年一〇月から一二月までの一か月平均売上手数料収入は一二万〇一六〇円であつた。しかし、原告は、右事故によつて、事故時から昭和五六年一二月までの二三か月に亘り、右業務に従事できなかつたので、右期間に得るべき収入二七六万三六八〇円(一二万〇一六〇円×二三か月)の損害を受けた。

(三) 逸失利益 三〇万〇〇〇〇円

(1) 原告は、本件事故による受傷の結果、右膝部に疼痛(自発痛、圧痛)の後遺症が残り、昭和五六年一二月一七日に治療を受けていた大森医院で症状固定の診断を受け、自賠責保険によつて自賠法施行令二条別表の一四級の後遺障害と認定を受けた。

(2) 原告は、症状固定後も右後遺症のため平均月四、五回の通院治療を余儀なくされ、かつ前記委託販売も立つたり座つたり、或いは前後左右に動き回る仕事内容のため、腰部や膝部に負担がかかり、現在に至るまでその再開をしかねる状態にある。

(3) 右後遺症による原告の労働能力喪失割合は五%であるとしても、右のような状態からすればその喪失期間は五年とするのが相当である。

(4) したがつて、原告の後遺症よる逸失利益は三〇万円を下らない。

(四) 慰藉料 一五六万〇〇〇〇円

傷害分 一〇〇万〇〇〇〇円

後遺症分 五六万〇〇〇〇円

(五) 弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

(六) 損害の填補

自賠責保険から一九五万円

4  よつて、原告は、被告に対し、損害賠償金三六四万七八四〇円及び内金三六四万二七二八円に対する本件事故日である昭和五五年一月二一日から、内金三〇万円に対する昭和五七年一月一六日(本件訴状送達の翌日)から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(五)は争い、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実につき、(一)は知らない。(二)のうち、原告の職種及び収入は知らず、その損害は争う。(三)のうち、原告が自賠責保険でその主張のとおり一四級の認定を受けたことは認めるが、その余は争う。(五)は争う。(六)は知らない。

本件事故は軽微な接触事故で、その際原告は横転することなく、乙車に股がつて立ていた状態であり、原告の受傷も軽度の打撲程度に過ぎず、原告主張の傷害は本件事故と相当因果関係がない。

三  抗弁(過失相殺)

乙車を運転していた原告には、本件交差点に進入するに際し、前方注視及び徐行を怠たり、交差道路で一時停止をしたうえ同交差点に進入してきた甲車に気づかず、そのため乙車の前部を甲車中央付近に接触衝突させた過失がある。

この原告の過失によつて本件事故が発生したもので、その過失割合は大である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生について

1  請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同1の(五)(原告の受傷)の事実は、成立に争いのない甲第二号証の一、証人大森省吾の証言及び原告本人尋問の結果によつて、これを認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

二  被告の責任について

同2の事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、被告は、自賠法三条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  過失割合について

1  各原本の存在及び成立に争いのない乙第一七号証の一ないし三、本件事故現場の写真であることに争いのない乙第一ないし第九号証、原告及び被告(一部)各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定に反する部分の被告本人尋問の結果は後記2に述べるとおり措信できず、他にこれを左右するに足りる証拠もない。

(一)  本件事故現場は、南北に走る歩車道の区別のある国道三〇号線と東西に走る歩車道の区別のない道路とが交差する交通整理の行われていない交差点である。東西道路は、これより明らかに広い南北道路のいわば脇道で、本件交差点手前に一時停止の道路標示が設けられている。

(二)  被告は甲車を運転して東西道路を東進し、本件交差点手前にある一時停止線で一旦停車したのち、左折して南北道路を北に進行するため徐行しながら本件交差点に進入したところ、折りから南北道路の歩道を南進してきた原告運転の乙車(自転車)の側面に自車前部バンバーを衝突させ、乙車もろとも原告を路上に横転させた。

(三)  ところで、右東西道路の一時停止線で甲車を停車させた被告としては、優先道路である南北道路の車両等の進行を妨げないようにして本件交差点に進入する義務があるところ、本件交差点の北西角に山崎犬猫病院の二階建ビルがあるため、南北道路の北側歩道上の通行状況を全く確認できない状態にあつたので、徐々に甲車を前方に進行させて左方歩道上の動静を確認しつつ安全に本件交差点に進入すべきであるのに、これを怠たり、甲車を漫然と徐行させただけで進入したことによつて、本件事故が発生した。

(四)  他方、南北道路を乙車を運転し南進して本件交差点に差し掛つた原告としても、右の道路状況のため、右方交差道路の車両の動静が直前に至るまで確認できない状況にあつたのであるから、前方を注視して走行すべきであるにも拘らず、これを怠つて進行したため、これも本件事故を発生させる一因となつた。

2  ところで、被告は、本件事故は甲車の側面中央部に乙車の前部が衝突したもので、かつその際原告は路上に横転しなかつた旨主張し、これに沿う被告本人尋問の結果がある。

しかしながら、原告及び被告各本人尋問の結果によれば、本件事故の結果乙車のハンドルと前部に設置されていた買物篭が曲つて歪んだが、他方甲車の側面には損傷がなかつたこと、これに対して、前掲乙第一七号証の一によれば、本件事故時の警察官による実況見分の際、甲車前部のバンバーに軽微な損傷の見られたことがそれぞれ認められる。これに前記認定した本件事故による原告の受傷部位と原告本人尋問の結果を併せれば、右主張に沿う被告本人尋問の結果は俄かに措信し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠もない。

したがつて、被告の右主張事実は認めることができない。

3  右1で認定したことからすれば、本件事故は被告の左方、原告の前方の各安全確認を怠つた過失が競合して生じたものであるところ、本件交差道路の優先関係、衝突車両の車種等の状況からすると、その過失割合は原告一、被告九の割合であると認めるのが相当である。

四  損害及び賠償額について

1  治療経過及び後遺障害

原告が本件事故によつて自賠責保険から一四級の後遺障害の認定を受けたことは当事者間に争いがなく、これに各成立に争いのない甲第二ないし第五号証の各一と二、第六号証、第九ないし第一一号証の各一と二、証人大森省吾の証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、原本の存在及び成立に争いのない乙第一七号証の四は、証人大森の証言によれば、この認定を妨げる証拠とはならず、他にこれを左右するに足りる証拠もない。

(一)  原告は、本件事故の際、右膝に痛みを感じたものの歩行できる状態であつたため、軽い打撲症と考え、当日医師の診察を受けなかつたが、翌日(昭和五五年一月二二日)になり痛みが増してきたことから、大森医院で受診した結果、右膝部打撲並びに挫傷等の傷害を受けていると診断された。

(二)  原告は右傷害の治療のため、右同日から昭和五六年一二月一七日までの間大森医院に四一二回に亘り通院し、併せて胸部の痛み等のため昭和五五年一〇月九から昭和五六年九月二五日までの間岡山大学医学部附属病院にも通院して治療を受けた。

(三)  原告には受傷の当初びつこを引く軽度の運動障害も見られたがじきにこれは軽快し、その後は専ら右膝部や腰部の痛みを訴え、これに対する大森医院での治療は、鎮痛剤の投与、湿布剤処置、静脈注射、低周波や超短波による理学療法等の対症的なものが繰り返された(もつとも、原告のその余の愁訴は心因性のものと見られるものであつた)。この結果原告は、昭和五六年一一月一七日に症状固定の診断を受け、他覚的所見は見当らなかつたが、自覚症状として右膝部に自発痛、圧痛なる疼痛があり、自発痛が当分の間残り、日常生活に多少の不自由さを感じるようになつた。また原告は右後遺障害によつて、自賠責保険で自賠法施行令二条別表の一四級(その一〇号「局部に神経症状が残るもの」)の認定を受けた。

2  稼働状況

原告本人尋問の結果及びこれにより各成立の認められる甲第七号証の一と二、証人大森省吾の証言によれば、原告は、昭和五一年六月から、自宅の一部を店舗に改造し、岡山市にある株式会社権太寿司の岡輝店として、同社から委託を受けた製品を同店舗において原告一人で販売し、販売手数料として同社から売上高の二〇%分を得ていたところ、本件事故直前の原告の右販売手数料収入は、昭和五四年一〇月一三万〇五〇〇円(売上高六五万二五〇〇円)、一一月一〇万五一二〇円(同五二万五六〇〇円)、一二月一二万四八六〇円(同六二万四三〇〇円)で、その一か月の平均は一二万〇一六〇円であつたこと、原告の右店舗での作業内容は主に店員としての役割であり、軽作業に属するものであるが、原告は本件事故直後から現在に至るまで同店舗での委託販売を休業していること、その休業の原因は、本件事故による右膝の疼痛によるが、原告自身がこのことから右販売に従事する体力に自信を持てないでいることも影響しているところ、原告の右作業内容の程度からすると半年程度で従事可能と医学的にはいえることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

3  損害

(一)  治療費 六七万四一六〇円

前掲甲第二ないし第五号証の各二、第九ないし第一一号証の各二によれば、原告は本件事故による治療費として、大森医院及び岡山大学医学部附属病院に合計六七万四一六〇円の出損をしたことが認められる。

(二)  休業損害 一三三万二〇〇〇円

右認定したとおり、原告は本件事故によつて、その翌日から症状固定と診断された昭和五六年一二月までの二三か月間に亘り、委託販売の業務を休業したことが認められる。

ところで、その間の原告の就労の可否については、右認定した原告の受傷の内容、程度、その治療経過及び仕事内容に照らし、事故当日の翌日から六か月の間は就労不能と認めることができるが、その後の一七か月は、原告の心因的要素の面も強いことを考慮し、その全期間を通じて三〇%相当の休業と認めるのが妥当である。

そして、右認定したことからすれば、原告は右休業期間中一か月一二万円を下回らない収入をあげられたものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の本件事故による休業損害は、次式のとおり一三三万二〇〇〇円である。

120,000×6=720,000

120,000×0.3×17=612,000

720,000+612,000=1,332,000

(三)  逸失利益 一三万四〇二〇円

右認定した原告の後遺症からすれば、これは自賠法施行令二条別表の一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に当るものと認められるので、この後遺障害による労働能力喪失割合は五%、その喪失期間はその症状からして二年と認めるのが相当である。

これに前記の原告の収入(月額一二万円)を考慮すると、原告の本件事故当時の現価(年別ホフマン式計算)は、次式のとおり一三万四〇二〇円(円未満切捨)である。

120,000×12×1.8614×0.05=134,020

(四)  慰藉料 一二〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、原告の受傷及び後遺障害の内容、程度、通院期間や原告の仕事内容、事故後の稼働状況、その他本件にあらわれた諸般の事情を勘案すれば、原告の本件事故による精神的苦痛を慰藉すべき金額は、一二〇万円と認めるのが相当である。

(五)  以上によると、本件事故によつて原告の受けた損害は、合計三三四万〇一八〇円である。

4  賠償額

(一)  過失相殺

前認定のとおり、本件事故に関して原告にも一割相当の過失があるので、これを過失相殺すれば、原告の被告に対する損害賠償しうべき金額は、三〇〇万六一六二円である。

(二)  損益相殺

原告が自賠責保険から本件事故の損害賠償として一九五万円を受領し、また治療費のうち四五万五一一二円を社会保険によつて補填されていることは、原告の自認するところである。

(三)  弁護士費用

以上により原告は被告に対し六〇万一〇五〇円の支払を求められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告はやむなく本件訴訟の提起と追行を弁護士たる原告訴訟代理人に委任したことが認められ、これに本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が被告に負担せしめうる弁護士費用相当分は九万円をもつて相当である。

(四)  以上のとおりであるから、被告は原告に対し、本件事故による損害賠償として、六九万一〇五〇円の支払義務がある。

五  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、六九万一〇五〇円及び内金六〇万一〇五〇円に対する本件事故発生の日である昭和五五年一月二一日から、内金九万円に対する昭和五七年一月一六日(本件訴状送達の翌日)から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤宗之)

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